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▼04.5.31
楽茶碗を発表したのは2回目だ。
毎回、思ったとおり、彼らは言ってくる。
「大きくないですか?」
「深すぎませんか?」
「飲みにくそう」
「お茶やってませんね?」
「楽焼」の技法にはまり、「やはりお抹茶は、楽焼で飲むと一番美味しい」ことを再認識した。それは、自分の「工芸的な実感であり、事実」だと思う。
さらにいうと、そこに「道」はない。
「道」の席でお茶を飲んだことも何度かあるし、大きな茶会にも行ったことがあるが、習ったことはない。
「道」から入って、お抹茶を飲み始めるのも良いだろう。そこにも、多くの良さがあることは、ある程度知っているし、お抹茶を美味しく点てる技は、「道」によって成熟したと思っている。
私は、一人でも、数人でも、気軽に、美味しく、お抹茶を飲みたいだけだ。それを、器で演出したい。
同時に彼らは、「こんな色の楽焼があるんですか?」「初めてみた」と言う反応もする。
楽焼を研究して、たった2年しかたっていないので、そんなに難しいことはしていないはずだが、彼らの見たことがない色だったり、質感だったりするのだろう。
少し言い過ぎかも知れないが、「道」の人に使ってもらいたければ、銘品に習うしかない。
ほんとに自由が許されるのは、本家の楽家だけだろう。
結果
、本来持っていた茶人の自由な発想とは、別
のところで「道」が継承されつつある。
「楽茶碗」を職業的につくる人が、新たな「美」や「技術」の追求をやめてしまったのではないだろうか、、と思えるくらいだ
。
私は、料理屋の窯に5年以上いた。用途による器のサイズ、形は、職業病的に気になるし、実際に使って、常に確認するのも日常的なことになっている。
お抹茶を楽茶碗で飲むと美味しいことを再認識してからは、あちこちで楽茶碗を気にして見たり、持たせてもらっている。
書籍も10冊以上買っただろう。
これまでのように、まずは、サイズ、形を真似てみる。実際にお抹茶を飲むと飲みやすい。
でも、なんだか「道」くさい。つまらない。これを、自分がつくる意味あるのか?
通
常の器では、自分に使いやすさを課して、そのなかで創造性を追求しようとしているが、茶碗では、もっと自由になりたいとおもった。
「使いやすさ」とのベクトルをやや「自由さ」に振ってつくることにした。
粘土をブレンド、成形、釉薬の調合、焼成を繰り返すうちに、技術的な大まかなことはわかってきた。
これからは、もっと難しい「美しさ」と「使いやすさ」と「独創性」の探求が必要だろう。
気軽に紅茶を楽しむ人は、多いが、イギリス式の正式なマナーにのっとって飲む人は少ないだろう。
それでも、入れ方さえ気を付ければ、そのときの気分にあった、美味しい紅茶を気軽に飲んでいるはずだ。
「紅茶やってませんね?」「持ち方が・・」「置き方が・・」などと言われても困る。
「道」の人たちが、言いたくなるのは、自然の成り行きだろう。
「道」の組織は、言わなくなったら意味がないのだから。
良い「道」を継承して欲しい。しかし、もっと気軽で自由で楽しい、単に飲み物としてのお抹茶があることも、忘れずに。
▼04.5.29
どんな仕事でも意見の違いはあるだろう。そうしたときにとる自分の行動も、年とともに変化している。
はっきり言って、泣き寝入りはいやだ。若い頃、波風を立てるのが怖かったり、面
倒だったりして、泣き寝入りしたことが、いまだにトラウマになっている。
しかし、いま思えばそれって、自分に自信が無かったのだろう。経験や努力が足りないため、自分が正しいと思えることに確証がなかったのだ。
そして、最近になって、忍耐と攻略法も備えておかなければならないことに気付いた。
なんだか、とても疲れるが、悔いは残したくない。
▼04.5.26
チャイナペインティングや陶芸を中心にホビー全般
の講座や機材販売で有名なS.A社のFさんは、バリバリの女性部長だ。数年前、単行本の取材を申し込んでからのおつき合いである。
1週間くらい前に、ある問い合わせがあった。
そして、上絵技能士の国家資格があることを初めて知った。その試験を今回初めて東京で行うそうだ。東京都の委託を受け、S.A社で仕切ることになったのだが、私の専門ではないし、定められた条件も満たしていないので、そっち方面
が
専門の大学助教授に話を振ることにした。
問題は、労働厚生省が認定するこの資格が、産業としての陶芸がほとんどない東京では、無意味だと言うことだ。無意味は言い過ぎかも知れないが、実際の生産現場での効力が期待できないのではないか?どちらかというと、趣味として(職業としてではなく)技を極めようとしている方たちのステータスとしての資格になっているようだ。
それって、文部化学省の管轄じゃないのか?
生涯学習としての陶芸を考えるとき、その目標となるような「公式な認定資格」があれば、アマチュア陶芸界に新たな盛り上がりが生まれるのでは、、と前々から思っていた。轆轤一級・二級。手びねり一級・二級。釉作り一級などなど、、
轆轤の世界シェアNo1N.S社などが、財団法人の協会をつくって、独自に設けてくれると嬉しい。他に適当な先導役はいそうにないのだが、、。
▼04.5.25
最近、週末陶芸家として著名なH氏と知り合うことができた。正しくは、お知り合いになりたくて、私から接近していったのだ。今回、H氏の個展で直接お話しして、すごく謙虚な方
だと知った。
頂いた著書を、あらためて読んでみたが、蛍光ペンで線を引いておきたい部分がたくさんある。じつに「するどい」人だな、と感心する。文章で飯を食っていた人だけあって、ユーモアと気の利いた表現、間が何とも絶妙だ。
H氏は、アマチュアという立場だったにもかかわらず(アマチュアだったから?)、陶芸とそのまわりに関する考察が的確で、共感できるところが多い。フカンから見れる客観性と勘の良さ、何より陶芸が大好きで努力が苦にならないH氏。
週末陶芸家を卒業して、言い訳の出来ない立場になったカクゴのようなものも感じた。これからどういうふうに変化していくのだろう。
▼04.5.21ー後編ー
開場そうそう、生徒のK氏が来てくれた。こういうのは、ホントに嬉しいもので、感謝感謝。
しばらく用があって、ギャラリーを離れた。運悪く、その時間にも知り合いが何人か来てくれた。せっかく来てくれたときにいないのは、ホント申し訳ない。
何十回も展覧会をやっているうちに、最初の頃の感謝の気持ちが薄らいでしまっていたが、自分のために、時間を割いて来てもらっていることって、ホントに有り難いことだと、最近また強く感じる。
▼04.5.21ー前編ー
窯は、夜中の3時になっても、まだ600℃。なかなか冷めないので、強引に冷ますことを決意。熱による膨張で、蓋を締め付けているハンドルが回らない。木の棒を突っ込んでテコの原理で回してゆるめる。ちょっとだけ、そ〜〜っと開けたら、炉内はまだ赤かった。
いやいや、久しぶりだ。赤いうちから蓋を開けたのは。
8時頃、
200℃まで落ちた。軍手2枚重ねて窯出し。
棚板を長い時間持っていると軍手が焦げる。すばやく作業。底すりして、伝票書いて、梱包。
10:10分に陶房出発。10:25分にギャラリー着。
10:50分に展示終了。
11:00開場。
ふ〜・・・・
▼04.5.20
もうじき夜中の12時になる。窯はまだ900℃。その中に明日から始まる個展用の作品が入っている。
当日早朝窯出し、当日搬入。分単位
での逆算で、なんとか開場時間までには、展示を終えなければならない。
10年以上陶芸家をやっているが、一度も余裕をもって作品が完成したことがない。
あぁ、思いっ切り睡眠したい。
▼04.5.18
何年かぶりに、大学の時の先生にお会いした。特に深い理由はなかったのだが、大学の研究室とは疎遠になっていた。
法人化に伴い、大学も変化するときにきている。先生も国家公務員ではなくなり、自由を手に入れたのと同時に、これまで守られてきた部分も次第になくなってくるのだろう。
学校を出て10年が過ぎた。幸か不幸か、
いろいろな世界から、陶芸とそれに関わる人々を見てきた。
学生の頃、卒業してすぐ、数年経って、そして今。
学校の存在、見え方も、自分の経験によって変わってきている。
▼04.5.16
教室内に、細かい注意事項や決まり事の張り紙をしたくない。
「●●しましょう」「●●して下さい」「●●しないように注意!」
雑然として、見た目も好きじゃないし、なにより、生徒さんを子供扱いするようでイヤだ。
出来るだけ自己管理を徹底させて「大人な教室」にしていきたいと思っている。
しかし、生徒さんの人数も増え、長年通
ううち、お互いに甘えもでてきている。
ここにきて、あきらかに作品管理が大変になり、生徒、スタッフ共に、作業が非効率的になってきてしまった。
生産性のない時間が増え、本来やるべき事ができなくなる。
サービスの低下、煩雑さが悪循環を招きかねない。
ここらで少し、管理システムを見直す時期が来ているのかも知れない。
しかし、けして事務的にカンリカンリ
とならないよう、
これまで以上に、人同士のつながりを大切にしなければならないだろう。
▼04.5.13
けっこうお客さんは多い。
数年前までは、人と会う機会すら少なく、ただ制作に追われていた。たまに訪れるお客さんは、ほとんどギャラリー関係者だった。
最近は、陶芸関係の業者の方が多い。機材屋さん、小売り業、出版関係、教室運営など、陶芸への関わり方はそれぞれだ。
異業種の立場の違う方と話すのはおもしろい。
時代を読みながら、あらたな市場、システムの
開拓に挑んでいる。
知らない世界や価値観があることを知る。
▼04.5.12
漫画家の「さいとうたかお」さんがラジオのインタビューで語っていた。
信号が青だからって、渡れるとはかぎらない、安全を自分で確かめることが必要。信号は、あくまでもルールでしかないのだから。
いろいろなことにルールをつくりすぎて過保護になっている。とりあえずその通
り従っておくと失敗が少ない。
でも、そのことはモノゴトの本質を見極める力を弱くし、自分の判断能力を鈍らせている。
彼から、現代の若者への忠告だった。
お茶の世界にもルールがあるらしい。本質を見極めることなく、格好や動作だけを真似ていては、きっとお茶がまずくなる。
たとえ、楽茶碗で飲む、お抹茶であっても、時間と場所と状況に応じた、一番美味しい飲み方で飲みたいものだ。
▼04.5.10
個展の作品制作に追われつつ、単行本などの下調べも、ちょこちょこやっている。陶芸に関することでも、自分の専門以外は、その筋の人々に聞いた方がいい。
陶芸の歴史などは、比較的調べやすいし、理解も容易だが、科学的な分野の詳細な資料は、なかなか見つけることが出来ない。専門の研究機関などにあっても、内容が専門的すぎて一般
に公開されることは少ない。また、あえて、公開しないモノもあるだろう。
ある資料を、ネットで調べるうちに、某研究所の研究員の方を見つけ、図々しくもメールでご相談した。今日、その方から大変丁寧なお返事をいただき恐縮する。お陰で、しかるべき機関がわかり、問題解決に向けて大きく前進することが出来た。
▼04.5.8
陶芸は、いきつくとこ「土と釉で決まる」などという人もいるが、それも、つくる人の豊かな美意識や生活感がなければ、まったく意味をもたない。
江戸っ子の故浅野先生は「粋」と言う感性を大切にしていた。それは「精神の研ぎ澄まされた美しさ」だと。
わずかな時間だったが、先生にであえてよかった。
▼04.5.7
午前中、自宅から工房に来る途中、横浜のギャラリーによって作品を搬出した。午後から、後輩の佐藤に来てもらい、オペラの小道具を轆轤挽きしてもらう。
夕方から夜に掛けて、雑誌の連載に使うため、大量
にテスト調合した釉薬を片付ける。ずっと気になっていたので少しすっきりした。しかし、まだ当分、連載もつづきそうなのでテスト調合もテストピースも増える一方だ。
さらに、単行本用にもテストしなければならない。
テストの数だけ、確実に釉薬に強くなるが、、、
そして、夜中に釉掛けだ。
▼04.5.6
朝、個展をするギャラリーオーナーの丸谷さんから電話があった。電話は九州からだった。
DMのコメントとギャラリートークの日程について話した。丸谷さんとは、学生時代からおつき合いさせていただいている。超多忙な建築家なのだが、必ず各展覧会にコメントを下さる。「ものづくり」する人々、その素材と作品への愛情をいつも感じる。
今回、私のDMに寄せてくれたコメント。かなりしびれた。
▼04.5.5
今日で黄金週間も終わる。明日からは教室もはじまって、またいつもの忙しい毎日になるのだろう。
黄金週間中も忙しいことに変わりなかったのだが、業者さんや仕事先が休みなので、作陶に集中できた。
明日は、朝からあちこちに電話をかけまくらなければならない。きっと、陶房にもいっぱいかかってくるだろう。
まだ、「陶工房33号」(5月20日発売)も出てないが、次の号のネタをつめて、アポを取ったりしなくちゃならない。単行本の進行と重なるので6月7月はかなりきつそうだ。
▼04.5.4
一日中、下描きとイッチンの作業をした。はっきり言って、絵付けの作業は好きじゃない。成形作業よりも集中力がいるからだろう。
絵付け机の周りも、整理掃除してからでないと、やる気にならない。些細なことが気になる。極端に心の狭い人間になる。眉間にシワがよる。
ストレスが増える。お菓子を食べる。太る。
▼04.5.2
通
常の仕事以外に、いくつかの企画が同時進行している。企画の数だけ、デスクトップのフォルダが増え、ファイルも増える。
今重要なのは、個展と単行本。そして面
白そうなのは、登り窯の企画だ。後輩に頼んでいる、オペラの小道具作りってのもある。それと、もうすぐやるのは、Slow
Walkイベントの途中に陶芸体験をしてもらう企画。
▼04.5.1
5月になってしまった。
昨日の夜中、ふと重大な事に気がついた。DMづくりが終わってない。しかも黄金週間で現像と印刷が出来ないじゃん。調べてみると、今日土曜日は、プロラボもやっている。急遽、夜中に撮影して今日の午前中、現像に出した。
休み明けに印刷出せば何とかなるだろう。
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