ひとりごと 04-4

▼04.4.30
今日の午前中は、藤沢の佐藤和彦さん宅で単行本の打ち合わせをした。私の自宅からも、編集者の自宅からも近い。途中で
編集者を拾って一緒にうかがった。
途中通 った海沿いの道は、空いていて気持ちよく走ることができた。黄金週間の中日のせいだろうか。
先生も私も、個展前で忙しいと言いながらも、いろいろと話が尽きず、楽しいひとときだった。
今度の単行本は、佐藤さんと、後輩の岩淵が主役になる。


▼04.4.28
昨日今日と最後のあがきで一日中轆轤を挽いた。
夕方からは、単行本のための打ち合わせに出かけた。
できたばかりの単行本「やきもの作りに挑戦!」を編集者と実演してもらう後輩の岩淵にお土産で持っていった。
デジカメもここまで撮れるようになったか・・と感心しながらも、現段階での限界も見える。
デジカメ、もう一息か。


▼04.4.26
教室の生徒さんの中に、広島出身の私と同じ歳で、同郷がいる。先日、今はなくなってしまった地元で唯一の遊園地の話になった。そこの
ループコースターにカップルで乗るのが広島流の青春だった。
さっきラヂオで、おなじく同郷の奥田民夫が同じ事を言っていた。彼は隣町出身で1コ上、吉川晃司は私と同じ町出身で2コ上、ガチンコの竹原も同じ町出身4コ下。きっと彼らの青春も、ループコースターに違いない。


▼04.4.25
行ってしまった。
さいたまスーパーアリーナへ。でもすっごくよい試合ばかりで、感動。
しかし、仕事は相変わらずメドたたず・・・


▼04.4.22
個展まで一か月を切ったというのに、いっこうに制作は進んでいない。
そんなときにかぎって、高校時代からの友人から電話があった。
デザイナー出身の彼は、今では有名な格闘技イベント企画の会社で、設立当時から広報をしている。
格闘技好きの私に、イベントのチケットが余ったとき、声を掛けてくれるのだ。
今回は、マスコミでも話題のビッグカードが目白押しだ。
 こまった。こまった。


▼04.4.20
季刊「陶工房」
今回も締め切りギリギリでの入稿だった。
前号から、編集部の体制が変わり、すべての撮影も担当することになった。
今回は3項目・20頁担当。
どれも手間のかかる記事だったが、手間分、内容も濃くなったと思う。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-5

▼04.5.31
楽茶碗を発表したのは2回目だ。 毎回、思ったとおり、彼らは言ってくる。
「大きくないですか?」
「深すぎませんか?」
「飲みにくそう」
「お茶やってませんね?」

「楽焼」の技法にはまり、「やはりお抹茶は、楽焼で飲むと一番美味しい」ことを再認識した。それは、自分の「工芸的な実感であり、事実」だと思う。
さらにいうと、そこに「道」はない。
「道」の席でお茶を飲んだことも何度かあるし、大きな茶会にも行ったことがあるが、習ったことはない。
「道」から入って、お抹茶を飲み始めるのも良いだろう。そこにも、多くの良さがあることは、ある程度知っているし、お抹茶を美味しく点てる技は、「道」によって成熟したと思っている。
私は、一人でも、数人でも、気軽に、美味しく、お抹茶を飲みたいだけだ。それを、器で演出したい。

同時に彼らは、「こんな色の楽焼があるんですか?」「初めてみた」と言う反応もする。
楽焼を研究して、たった2年しかたっていないので、そんなに難しいことはしていないはずだが、彼らの見たことがない色だったり、質感だったりするのだろう。
少し言い過ぎかも知れないが、「道」の人に使ってもらいたければ、銘品に習うしかない。
ほんとに自由が許されるのは、本家の楽家だけだろう。
結果 、本来持っていた茶人の自由な発想とは、別 のところで「道」が継承されつつある。
「楽茶碗」を職業的につくる人が、新たな「美」や「技術」の追求をやめてしまったのではないだろうか、、と思えるくらいだ 。

私は、料理屋の窯に5年以上いた。用途による器のサイズ、形は、職業病的に気になるし、実際に使って、常に確認するのも日常的なことになっている。

お抹茶を楽茶碗で飲むと美味しいことを再認識してからは、あちこちで楽茶碗を気にして見たり、持たせてもらっている。
書籍も10冊以上買っただろう。
これまでのように、まずは、サイズ、形を真似てみる。実際にお抹茶を飲むと飲みやすい。
でも、なんだか「道」くさい。つまらない。これを、自分がつくる意味あるのか?
通 常の器では、自分に使いやすさを課して、そのなかで創造性を追求しようとしているが、茶碗では、もっと自由になりたいとおもった。
「使いやすさ」とのベクトルをやや「自由さ」に振ってつくることにした。

粘土をブレンド、成形、釉薬の調合、焼成を繰り返すうちに、技術的な大まかなことはわかってきた。
これからは、もっと難しい「美しさ」と「使いやすさ」と「独創性」の探求が必要だろう。


気軽に紅茶を楽しむ人は、多いが、イギリス式の正式なマナーにのっとって飲む人は少ないだろう。
それでも、入れ方さえ気を付ければ、そのときの気分にあった、美味しい紅茶を気軽に飲んでいるはずだ。
「紅茶やってませんね?」「持ち方が・・」「置き方が・・」などと言われても困る。

「道」の人たちが、言いたくなるのは、自然の成り行きだろう。 「道」の組織は、言わなくなったら意味がないのだから。
良い「道」を継承して欲しい。しかし、もっと気軽で自由で楽しい、単に飲み物としてのお抹茶があることも、忘れずに。


▼04.5.29
どんな仕事でも意見の違いはあるだろう。そうしたときにとる自分の行動も、年とともに変化している。
はっきり言って、泣き寝入りはいやだ。若い頃、波風を立てるのが怖かったり、面 倒だったりして、泣き寝入りしたことが、いまだにトラウマになっている。
しかし、いま思えばそれって、自分に自信が無かったのだろう。経験や努力が足りないため、自分が正しいと思えることに確証がなかったのだ。
そして、最近になって、忍耐と攻略法も備えておかなければならないことに気付いた。
なんだか、とても疲れるが、悔いは残したくない。


▼04.5.26
チャイナペインティングや陶芸を中心にホビー全般 の講座や機材販売で有名なS.A社のFさんは、バリバリの女性部長だ。数年前、単行本の取材を申し込んでからのおつき合いである。
1週間くらい前に、ある問い合わせがあった。
そして、上絵技能士の国家資格があることを初めて知った。その試験を今回初めて東京で行うそうだ。東京都の委託を受け、
S.A社で仕切ることになったのだが、私の専門ではないし、定められた条件も満たしていないので、そっち方面 が 専門の大学助教授に話を振ることにした。
問題は、労働厚生省が認定するこの資格が、産業としての陶芸がほとんどない東京で
は、無意味だと言うことだ。無意味は言い過ぎかも知れないが、実際の生産現場での効力が期待できないのではないか?どちらかというと、趣味として(職業としてではなく)技を極めようとしている方たちのステータスとしての資格になっているようだ。
それって、文部化学省の管轄じゃないのか?
生涯学習としての陶芸を考えるとき、その目標となるような「公式な認定資格」があれば、アマチュア陶芸界に新たな盛り上がりが生まれるのでは、、と前々から思っていた。轆轤一級・二級。手びねり一級・二級。釉作り一級などなど、、
轆轤の世界シェアNo1N.S社などが、財団法人の協会をつくって、独自に設けてくれると嬉しい。他に適当な先導役はいそうにないのだが、、。


▼04.5.25
最近、週末陶芸家として著名なH氏と知り合うことができた。正しくは、お知り合いになりたくて、私から接近していったのだ。今回、H氏の個展で直接お話しして、すごく謙虚な方 だと知った。
頂いた著書を、あらためて読んでみたが、蛍光ペンで線を引いておきたい部分がたくさんある。じつに「するどい」人だな、と感心する。文章で飯を食っていた人だけあって、ユーモアと気の利いた表現、間が何とも絶妙だ。
H氏は、アマチュアという立場
だったにもかかわらず(アマチュアだったから?)、陶芸とそのまわりに関する考察が的確で、共感できるところが多い。フカンから見れる客観性と勘の良さ、何より陶芸が大好きで努力が苦にならないH氏。
週末陶芸家を卒業して、言い訳の出来ない立場になったカクゴのようなものも感じた。これからどういうふうに変化していくのだろう。


▼04.5.21ー後編ー
開場そうそう、生徒のK氏が来てくれた。こういうのは、ホントに嬉しいもので、感謝感謝。
しばらく用があって、ギャラリーを離れた。運悪く、その時間にも知り合いが何人か来てくれた。せっかく来てくれたときにいないのは、ホント申し訳ない。
何十回も展覧会をやっているうちに、最初の頃の感謝の気持ちが薄らいでしまっていたが、自分のために、時間を割いて来てもらっていることって、ホントに有り難いことだと、最近また強く感じる。


▼04.5.21ー前編ー
窯は、夜中の3時になっても、まだ600℃。なかなか冷めないので、強引に冷ますことを決意。熱による膨張で、蓋を締め付けているハンドルが回らない。木の棒を突っ込んでテコの原理で回してゆるめる。ちょっとだけ、そ〜〜っと開けたら、炉内はまだ赤かった。 いやいや、久しぶりだ。赤いうちから蓋を開けたのは。
8時頃、
200℃まで落ちた。軍手2枚重ねて窯出し。 棚板を長い時間持っていると軍手が焦げる。すばやく作業。底すりして、伝票書いて、梱包。
10:10分に陶房出発。10:25分にギャラリー着。
10:50分に展示終了。
11:00開場。
ふ〜・・・・


▼04.5.20
もうじき夜中の12時になる。窯はまだ900℃。その中に明日から始まる個展用の作品が入っている。 当日早朝窯出し、当日搬入。分単位 での逆算で、なんとか開場時間までには、展示を終えなければならない。 10年以上陶芸家をやっているが、一度も余裕をもって作品が完成したことがない。 あぁ、思いっ切り睡眠したい。


▼04.5.18
何年かぶりに、大学の時の先生にお会いした。特に深い理由はなかったのだが、大学の研究室とは疎遠になっていた。 法人化に伴い、大学も変化するときにきている。先生も国家公務員ではなくなり、自由を手に入れたのと同時に、これまで守られてきた部分も次第になくなってくるのだろう。 学校を出て10年が過ぎた。幸か不幸か、 いろいろな世界から、陶芸とそれに関わる人々を見てきた。 学生の頃、卒業してすぐ、数年経って、そして今。 学校の存在、見え方も、自分の経験によって変わってきている。


▼04.5.16
教室内に、細かい注意事項や決まり事の張り紙をしたくない。 「●●しましょう」「●●して下さい」「●●しないように注意!」 雑然として、見た目も好きじゃないし、なにより、生徒さんを子供扱いするようでイヤだ。 出来るだけ自己管理を徹底させて「大人な教室」にしていきたいと思っている。 しかし、生徒さんの人数も増え、長年通 ううち、お互いに甘えもでてきている。 ここにきて、あきらかに作品管理が大変になり、生徒、スタッフ共に、作業が非効率的になってきてしまった。 生産性のない時間が増え、本来やるべき事ができなくなる。 サービスの低下、煩雑さが悪循環を招きかねない。 ここらで少し、管理システムを見直す時期が来ているのかも知れない。 しかし、けして事務的にカンリカンリ とならないよう、 これまで以上に、人同士のつながりを大切にしなければならないだろう。


▼04.5.13
けっこうお客さんは多い。 数年前までは、人と会う機会すら少なく、ただ制作に追われていた。たまに訪れるお客さんは、ほとんどギャラリー関係者だった。 最近は、陶芸関係の業者の方が多い。機材屋さん、小売り業、出版関係、教室運営など、陶芸への関わり方はそれぞれだ。 異業種の立場の違う方と話すのはおもしろい。 時代を読みながら、あらたな市場、システムの 開拓に挑んでいる。 知らない世界や価値観があることを知る。


▼04.5.12
漫画家の「さいとうたかお」さんがラジオのインタビューで語っていた。 信号が青だからって、渡れるとはかぎらない、安全を自分で確かめることが必要。信号は、あくまでもルールでしかないのだから。 いろいろなことにルールをつくりすぎて過保護になっている。とりあえずその通 り従っておくと失敗が少ない。 でも、そのことはモノゴトの本質を見極める力を弱くし、自分の判断能力を鈍らせている。 彼から、現代の若者への忠告だった。 お茶の世界にもルールがあるらしい。本質を見極めることなく、格好や動作だけを真似ていては、きっとお茶がまずくなる。 たとえ、楽茶碗で飲む、お抹茶であっても、時間と場所と状況に応じた、一番美味しい飲み方で飲みたいものだ。


▼04.5.10
個展の作品制作に追われつつ、単行本などの下調べも、ちょこちょこやっている。陶芸に関することでも、自分の専門以外は、その筋の人々に聞いた方がいい。 陶芸の歴史などは、比較的調べやすいし、理解も容易だが、科学的な分野の詳細な資料は、なかなか見つけることが出来ない。専門の研究機関などにあっても、内容が専門的すぎて一般 に公開されることは少ない。また、あえて、公開しないモノもあるだろう。 ある資料を、ネットで調べるうちに、某研究所の研究員の方を見つけ、図々しくもメールでご相談した。今日、その方から大変丁寧なお返事をいただき恐縮する。お陰で、しかるべき機関がわかり、問題解決に向けて大きく前進することが出来た。


▼04.5.8
陶芸は、いきつくとこ「土と釉で決まる」などという人もいるが、それも、つくる人の豊かな美意識や生活感がなければ、まったく意味をもたない。 江戸っ子の故浅野先生は「粋」と言う感性を大切にしていた。それは「精神の研ぎ澄まされた美しさ」だと。 わずかな時間だったが、先生にであえてよかった。


▼04.5.7
午前中、自宅から工房に来る途中、横浜のギャラリーによって作品を搬出した。午後から、後輩の佐藤に来てもらい、オペラの小道具を轆轤挽きしてもらう。 夕方から夜に掛けて、雑誌の連載に使うため、大量 にテスト調合した釉薬を片付ける。ずっと気になっていたので少しすっきりした。しかし、まだ当分、連載もつづきそうなのでテスト調合もテストピースも増える一方だ。 さらに、単行本用にもテストしなければならない。 テストの数だけ、確実に釉薬に強くなるが、、、 そして、夜中に釉掛けだ。


▼04.5.6
朝、個展をするギャラリーオーナーの丸谷さんから電話があった。電話は九州からだった。 DMのコメントとギャラリートークの日程について話した。丸谷さんとは、学生時代からおつき合いさせていただいている。超多忙な建築家なのだが、必ず各展覧会にコメントを下さる。「ものづくり」する人々、その素材と作品への愛情をいつも感じる。 今回、私のDMに寄せてくれたコメント。かなりしびれた。


▼04.5.5
今日で黄金週間も終わる。明日からは教室もはじまって、またいつもの忙しい毎日になるのだろう。 黄金週間中も忙しいことに変わりなかったのだが、業者さんや仕事先が休みなので、作陶に集中できた。 明日は、朝からあちこちに電話をかけまくらなければならない。きっと、陶房にもいっぱいかかってくるだろう。 まだ、「陶工房33号」(5月20日発売)も出てないが、次の号のネタをつめて、アポを取ったりしなくちゃならない。単行本の進行と重なるので6月7月はかなりきつそうだ。


▼04.5.4
一日中、下描きとイッチンの作業をした。はっきり言って、絵付けの作業は好きじゃない。成形作業よりも集中力がいるからだろう。 絵付け机の周りも、整理掃除してからでないと、やる気にならない。些細なことが気になる。極端に心の狭い人間になる。眉間にシワがよる。 ストレスが増える。お菓子を食べる。太る。


▼04.5.2
通 常の仕事以外に、いくつかの企画が同時進行している。企画の数だけ、デスクトップのフォルダが増え、ファイルも増える。 今重要なのは、個展と単行本。そして面 白そうなのは、登り窯の企画だ。後輩に頼んでいる、オペラの小道具作りってのもある。それと、もうすぐやるのは、Slow Walkイベントの途中に陶芸体験をしてもらう企画。


▼04.5.1
5月になってしまった。 昨日の夜中、ふと重大な事に気がついた。DMづくりが終わってない。しかも黄金週間で現像と印刷が出来ないじゃん。調べてみると、今日土曜日は、プロラボもやっている。急遽、夜中に撮影して今日の午前中、現像に出した。 休み明けに印刷出せば何とかなるだろう。



 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-6

▼04.6.30
鎌倉アタリの湿気はスゴイ。革製品はもれなくカビる。革靴なんかは、下駄 箱ごとカビてしまう。最初に住んだ海沿いのアパートを見に行ったときは、畳みが緑だった。もちろん古い畳みがカビでだ。
除湿機を買い足してるうちに、今では三台の除湿機が家のあちこちで稼働している。床下に1台入れてあるのが効果 的だ。

湿気のせいか、虫も多い。その数は半端じゃない。なかでもムカデは危険で、姿形も大嫌いである。寝ているときに、何度か添い寝をしてきた。
「あ〜〜!」と思わず叫んで、近くの殺虫剤で退治する。
いつでも退治できるよう、殺虫剤も家のあちこちに設置してある。



▼04.6.24

台風が去っったあとのいつもの光景だが、鎌倉の海岸ではサーファーが今とばかりに波に挑んでいた。波の高いこういう日に、海岸線を車で走ると、窓もボディーもがシオだらけになる。
前の車は2回もマフラーが錆びて落ちた。

なんだか いよいよ夏らしい日差しになってきた。壊れてエアコンの効かない車にとって、これからが正念場である。今のところ今年も直すつもりはない。
けして「エコ」だの「スローライフ」などというものではなく、単にお金がないのである。
最近急増する「エコ」や「スローライフ」的な雑誌を見てると「イイカンジ」と思うこともある。陶芸家って職業もそれっぽいし、「おれもエコでスローな奴になろうかな」と思ったこともあるが、エアコン大好きで、せっかちな自分には、絶対に出来ないことが、最近身にしみてわかった。




▼04.6.21

やばいやばい、気が付いたら今月もあと10日しかない。季刊「陶工房」の締め切りがちかづいている。
今回から企画の内容を少し変えたので、細かく手間がかかる。
6項目もあって、さらに並行して単行本の取材なんかも入っている。頭のなかでごちゃ混ぜになってきた。
作陶をしながら、必要な写 真を撮らなければならないので、私の制作部屋は、ストロボが常に立ててあって、いつでも撮影が出来る状態になっている。

カメラの電子レリーズには、サランラップを巻いて粘土が付かないようにしているが、土ボコリがスゴイので、カメラがみるみる白くなっていく・・




▼04.6.17
昨日、一昨日とS先生の所で単行本の取材だった。鵠沼海岸の先生の工房近くには、全国的に有名な某ガチンコ・ラーメン店がある。
そう、この取材の一番の楽しみは、ココのラーメンだ。お昼の開店時間すぐに駆けつけたが、15分待たされた。
お、細麺と以外とさっぱりしたダシ重視の味付けがさすがだ。しかし、取材費だからとトッピングしたチャーシューはいまいちだった。

夕方には取材が終わったので、久々早く自宅にかえった。
陶芸家といったって、職業的にはフリーランスだ。
根っからの貧乏性とあいまって 「仕事があるだけでも幸せじゃないか」と言い訳しながら 、ついつい仕事を詰め込みすぎる。

自宅前の海岸で、夕日が沈むのをゆっくり見たのも久しぶりだった。




▼04.6.14

昨日ゼーゲル式のこと書いていたら、Excelを使って、ゼーゲル式を計算できるファイルをつくりたくなってしまった。
一般 に公開されているファイルもあるが、データが隠してあって改良が面 倒なのだ。
Excelの使い方もよくわかってないのに無謀であるが、とりあえず、資料を見ながら最小限の原料データを入れ、さらに計算式を入れた。もっと効率よく計算できるのかな?と思いつつも、何となく出来てしまった。
しかし、 資料に使ったデータがおかしかったのか、単なるデータの入力ミスか、計算式の間違いか、、、なかなか思った数字にならない。

みんなで改良して、フリーのゼーゲル計算ファイルを公開しませんか?

こういうのが得意な方、是非、お助け下さい。
知ってる原料のデータとか、いろいろ入力しておけば、きっと、みんながが喜んでくれるはずです!
え?自分でやれ?
まあ、そういうことなんだけどね・・・




▼04.6.13
私も含め、まわりの多くの陶芸家が「文化系」である。っていうより、「感覚系」とか「感性系」と言った方がよいかも知れない。しかし、よい作品をつくる人は、頭も切れる。その気になれば、お勉強も出来そうなのだが、なぜか「ゼーゲル式」とは相性が悪い。
「ゼーゲル式」という計算方法を使えば、調合する原料の割合から、大まかな釉薬の溶け具合や釉調を予想することが出来る。 しかし、高校レベルの科学や数学の知識しか必要のないこの式が、陶芸家の鬼門となっている。

一番の理由は、実際の釉薬調合でゼーゲル式が、あまり役に立たないことにある。調合テストをしていて
知りたいことっていうのは、ゼーゲル式でわかる範囲からはみ出している場合が多いのだ。
そんなことを先輩などから聞かされたこともあって、ゼーゲル式は、遠い存在になってしまった。

私が完全に理解したのも、学校を卒業してからで、理由は恥をかかないためである。




▼04.6.9
若い女流陶芸家とある企画の話をした。彼女はグラフィックデザイナー出身で、陶芸の専門的な教育を受けていないが、抜群のセンスの良さと探求心で、心惹きつける作品をつくりだしている。
彼女を見ていると、「ものづくり」って、知識や経験だけではダメなんだな、とつくづく思う。
基本的な造形力、センス。作品のまわりの空気感や情景も含めたイメージがしっかりとしていれば、技術的なことは何とかなるものである。
当然、自分の作り出したい世界に向かって、努力さえ惜しまなければだが。




▼04.6.4

今日は、単行本の取材。カメラマンと一緒に作陶してくれる小平市在住陶芸家のとこへ。
とてもとても、段取りの良い陶芸家のお陰で、私なら3〜4日かかりそうな撮影が2日で済んでしまいそうだ。 すばらしく速いペースで作陶&撮影はススんだ。 メモを書くのが追いつかないくらいだ。
今回の単行本は、主に企画&ライター業なのだが、取材中、気は使うが体力は使わないので、なんだかとてもラクしたようで申し訳ない感じだった。わからない作業や原材料、道具などがほとんどないのだから、他のライターよりラクなのは、当たり前だけど。
しかし、ま〜、これからが大変・・

帰りに、有名なラーメン街道の行列の出来る店で、30分並んで「みそラーメン(全部トッピング)」を食べた。 ん〜〜、75点かな。




▼04.6.3

お陰様で個展も 無事終了。
お越しいただいた方、陰ながらご声援いただいた方々、感謝、感謝。 ワークショップも楽しんでいただけたようで、、よかった、よかった。
今回、あらためて丸谷さん(梅ヶ丘アートセンターのオーナー)って魅力的な人だな、と感じた。
本業の建築家としての仕事も忙しいはずなのに、10年以上も情熱を持ち続け、ギャラリーを運営するのって、スゴイ。 これから、私に出来る範囲で、お手伝いしていこうと。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-7

▼04.7.27
単行本の締め切りが迫っている。毎度のことだが、いつもギリギリだ。
自分で執筆する単行本はこれで6冊目なのだが、あきれるくらい成長がない。
確かに、仕事の効率とか、ページの組立には慣れてきたが、自分の仕事のペースがつかみ切れていないようだ。

作陶するのとどっちが大変ですか?
と聞かれることがあるが、正直、現段階では10倍くらい作陶の方が大変である。
理由のひとつは、 一人だけで制作する陶芸とは違って、共同作業をともなう出版の仕事では、リスクも分散しているからなのだが、、
たぶん、まだ出版の仕事の入り口にいるだけなので、本当の難しさとか、怖さのようなモノがわかっていないせいだろう。



▼04.7.21

久しぶりに、学生の頃アルバイトで講師をしていた教室の代打講師をした。祭日だったためか、生徒は少な目で楽をさせてもらう。
その中に、昔から来ている方が2名いらした。かれこれ13年くらい通 ってきていることになる。マイペースに自分のつくりたい作品を、丁寧につくり続けているようだ。
たぶん、いろいろと生活環境も変化したであろう。それでも続けてこられた陶芸の魅力ってなんなのだろう。

私は、趣味としての陶芸を経験したことがない。残念ながら、客観的な想像と現場で実感したモノを参考に、そのニーズを探って、講師や教室運営をするしかない。

個々の生徒によって陶芸という趣味との距離感や作りたいモノ、指導のされ方にも好みがある。
結局、講師という仕事は、確かな技術力をベースにしつつ、的確に個々の生徒が求めていることを察知することが大切なのだろう。
早い話が、生徒のお話をじっくり聞いてあげることなだが・・・


▼04.7.13

毎週月曜日に奥田民夫のラジオを聞くようになってから、頻繁にでよる地元広島の話題が楽しみじゃ。今年の秋には、吉田琢郎も矢沢永吉も西城秀樹も吉川晃司もポルノグラフティーも角川博もできんかった、不可能と言われとった広島市民球場でコンサートをやるんよ。奥田は、いま広島県の広告塔のようになっとるけん。
(広島弁バージョン)

毎朝、朝日新聞と読売新聞と毎日新聞と日経新聞のウェブサイトを巡回して、ざっとチェックしている。同じ話題でも、新聞社によって捉え方が異なるのがおもしろい。最近では、プロ野球問題。参院選など。
ふと思って「中国新聞」も巡回することにした。「中国新聞」は広島地方最大の地方紙で、ローカル情報満載だ。 ジャカルタの曽我さんのニュースは、記者を派遣できなかったのだろう、伝聞形だった。
カープ情報のなかに、今回のプロ野球のドタバタに関連した広島市長のコメントがあった。
「かつて市民がカープを支え、カープも市民に夢と希望を与えてくれた。広島にとってかけがえのない財産だ」
小学校以来買っていないカープの帽子が欲しくなった。




▼04.7.12

季刊誌の連載。ようやく今朝すべての原稿と写 真を入稿した。ホッとしたいところだが、さっそく次の単行本の担当者から電話があった。「雑誌終わった?」今週中に細かい台割りをつくらなければならない。撮影済みのポジもスリーブのまま100本はある。3600枚もライトボックスでチェックすると、目がしょぼしょぼになる。
写 真切るだけで2・3日かかりそうだな。



▼04.7.8

「陶工房」の入稿の追い込みのこの時期に、不覚にも風邪をひいてしまった。 もちろんクーラーのきかせすぎでだ。
ちょこっと書いては寝る、ちょこっと書いては寝る、の繰り返しでいっこうに進まない。ゲホッ、ゲホッ。
それでも、気合いで今朝一部を入稿 。しかし残り2ページは、まだ執筆も撮影もしていない。

そして、今日は2週間ぶりの教室日だった。大入り袋を出したいくらいの盛況ぶりで、特に午前中は超満員状態。自分が風邪をひいていることも忘れるくらい忙しかった。
おかげで、なんだか風邪も吹っ飛んだようだ。

たぶん明日あさってには、協力業者に送った原稿の校正が戻って来る。けっこう好き勝手なことを書かせてもらっているので、これがけっこうドキドキものである。




▼04.7.3
今日は、通 常の授業が休みだった変わりに、外部講習会があった。絵付けの講習会で、午前中だけ。比較的楽だった。

講習会終了後、オーナーに広告掲載申し入れの内容説明と判断をお願いした。
新聞系の大手出版社が新たに出す趣味に関するムックなので、部数、注目度も高そうだ。締め切りも間近なこともあって、かなりディスカウントしてきた。はっきりいってお得な条件だ。
当陶房が新宿や渋谷にあれば、間違いなく飛びつくとこだが、陶房の位 置する地域性を考えると、広告料にあう 広告効果 がのぞめるか、微妙なところだ。オーナーもちょっと悩んでいたようだが、この分の資金も秋の展覧会にあてて「盛大に催しをした方がよい」との判断だった。

普段、教室の宣伝などに関する窓口も担っているので、代理店の方と話すこともある。出版やデザインの仕事をしていると、出版部数やジャンルによる広告料金の目安がわかっているので、こういうときに役立つ。
週明けに、この春入社した新人営業マンにお断りの電話をするのだけが、何とも辛い、、、。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-8

▼04.8.27
今日、出版社に行って最後の校正をした。これで、単行本の仕事は、ほぼ終わり、あとは、色校だけだ。
夕方からは、「陶工房」の編集会議に参加した。
単行本と雑誌とでは、企画段階から作り方が異なる。雑誌は、項目が細かく、取材先の日程や各執筆者との調整もあって、とにかく複雑になる。
「陶工房」の 連載を初めて4年以上になるが、実は編集会議に出たのは初めてである。
前任の編集長は、個別 に企画をまとめていた。外部の執筆者であるわたしは、求められるテーマにそって企画を具体化していただけである。
編集会議ともなると、雑誌全体の方向性を検討しながら、さらに具体的な企画、見せ方、取材日程を組み立てていく。

責任がおもくなる。
この手の会議には、出たいような出たくないような、、そんな感じでいた。
はっきりいって、末端で企画をまとめるか、アドバイス程度にして、 そこまで深く関わらない方がよいと思っていた。
しかし、編集長がかわって、スタッフも絞り込まれた今、そんなことも言っていられなくなってきた。
実際、会議に参加して、雑誌づくりの面 白さも垣間見えた。企画段階のワクワク感をカタチにしていく作業は、魅力的である。
今回話し合われた内容は、来年の2月号から反映されはじめる。


▼04.8.16
小川が負けた。っと言ってもわからない人は、わからいと思うが、、
彼は同じ歳だ。オリンピックの時、決勝で負け、憮然とした表情で記者会見をしていたのをよく覚えている。プロでもないのに、マスコミにヒールにされていた。自分もあまり快く思っていなかった。
そのころ、同じ歳の清原や桑田、佐々木は、ヒーローだった。

その後プロの格闘家に転向したが、特に気にしてなかった。なんとはなしに、中途半端だなと思っていた。

前々回のプライドを見に行ったとき、初めて生で小川の戦いを見た。
日本人びいきもあってか、彼が登場すると場内が異様な盛り上がりになった。特にファンでもなかったが鳥肌が立った。
その時の試合は、秒殺。
強かった。 勝利が決まったとき、45000人の観客全員が一斉に立ち上がって喜んだ。自分も熱くなって立ち上がっていた。
そして、彼のマイクパフォーマンス。面 白くて、うまい。観客全員がハッスルポーズをしたくなる。
自分も含め、数万人が、一気に彼の虜になる。また会場に来て、ハッスルポーズをしたいと思う。

昨日、小川はファンのために、負けた後もハッスルポーズのパフォーマンスをした。
スタッフをしている友達の話だと、真剣勝負の世界、負けた選手の落ち込み方は半端じゃないらしい。とてもそんなパフォーマンスが出来る精神状態ではないそうだ。
気力を振り絞って、プロに徹する小川の姿に、観客はまた心を打たれた。

彼が参戦して、プライドという格闘技イベントは、さらに盛り上がりを見せている。
世界クラスの真剣勝負とエンターテイメント性。そして、強い日本人が参戦していること。どれが欠けてもダメなのだろう。

4大会前のオリンピックから、小川は成長し、違う舞台で観客やファンのナショナリズムを刺激している。


▼04.8.14
どうやら、オリンピックが始まったらしい。ラジオのニュースとネット配信の新聞で、一応チェックしている。

今ごろになって、単行本の全貌がようやく見えてきた。おいおい、、
執筆の最後の追い込みだというのに、作品のブツ撮りが丸2日間あった。
1日目は、梅ヶ丘アートセンターを借りて撮らせてもらった。 今回は空気感を大切にするために、出来るだけ自然光で撮影した。右写 真参考
つ くづく、良い建物は工芸品を生かしてくれるのだな〜と実感した撮影だった。
とても、とてもつながっている芸術なのだ。
2日目は、 朝の10時から夜の9時まで教室でひたすらブツ撮り、、クタクタである。


▼04.8.12
高校野球が大好き!ッてわけでもないのだが、何となく気になって結果 だけは見ている。
「あ〜PLは負けたんだな、、」くらいの感じだが、地元代表の「広商 」が負けたときは、ちょっとだけショックだった。小さな夏の楽しみが終わった感じがした。
でも、立ち直りも早くて、これまでに暮らしたことのある県代表の応援にシフトする。
「広島県」の次は「島根県」続いて「山口県」。
しかし、 「神奈川県」と「東京都」にも、ずいぶん長く住んでいるが地元という意識があまりない。
私の場合、地元って思えるのは、地域の同級生と学校に行ったり、遊んだりした記憶があるとこに限られている。
他の人もそうなのだろうか?

そんなこと思っていて、ふと思い出した。
今日はおやじの3回目の命日じゃんか。


▼04.8.11
原稿の執筆と同時進行で、作品撮影をしている。
今日は、知り合いのギャラリーを借りて撮影した。打ちっ放しのコンクリの壁とスペインタイルが使いたかった。
やはり、良い建物は絵になる。

撮影後、残りの撮影用に、撮影小道具をレンタルしてくれる業者へ行った。
キッチン関係のモノが中心だが、青山のビル丸ごとレンタルショップだ。タイプ別 に3フロアもある。
小さな箸置きから器、机、壁紙まであって、あらゆるシーンを作り出すことが出来る。
その種類と数は半端じゃない。

閉店間際に行ったのだが、お盆休み前のせいか、店内にはそれ風のコーディネーターの女性やADっぽい若者が大勢いた。
こういうショップがはやっているのも、業界関係者が集中する、東京の青山ならでは、なのだろうな。




▼04.8.8
カミングアウトしたくなった。私は「東海林さだお」さんの文体が大好きだ。
彼の文章を文体と言っていいのかどうか解らないが、密かに憧れ、尊敬、お慕いしている。
いつの日か、あんな文章が書きたい。文章を書く上での目標にしている、と言っても過言ではない。
しかし、それとなくマネしてみたりすると、なんともわざとらしく、恥ずかしくなってしまう。
彼からにじみ出るテイストは、真似て、真似られるものではないようだ。
なんというか、彼の生き方みたいなものが、東海林さだおの文体となってるのかも、、

もういっちょカミングアウトしちゃうと、「故ナンシー関 」さんを、天才だと信じて疑わない。




▼04.8.3

相変わらず原稿に追われている。教室のない日は、食事とトイレ以外、部屋を出ることがない。教室の用事や電話、来客はアシスタントにまかせっきりで 、
パソコンとポジ写 真と資料と取材ノートに囲まれて一日過ごす。
食料が切れたので、久々買い出しにでかけた。こういうときは、ちょっとした買い物や立ち読みがうれしい。と同時に罪悪感にさいなまれてしまう。
あ〜、おもいっきり無駄 な時間を過ごしたい。




▼04.8.1

雑誌で島田洋七のインタビュー記事を読んだ。
広島県人は、そのナショナリズムによって、無条件に広島出身の芸能人、スポーツ選手、文化人等を応援、またはあたたかく見守るものだが、私はこの人が好きではない。
もちろん、漫才ブームの頃は「モミジマンジュー!」で笑ったが、落ち目になってからテレビで語っているのを聞いてイヤになった。一言で言うと「浪花節」的。過去のことを、反省と説教と自慢をおりまぜて語っていたのがイヤだった。
自分を含め、男には、この「クセ」をもっている人が少なからずいる。酔うと言っちゃう人も多い。
他の業界のことは詳しくないが、陶芸界の集まりでは、先輩陶芸家が後輩に、この「プレー」をしている姿をよく見る。




 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-9

▼04.9.30
今日久しぶりに、ある陶芸機材屋さんの専務とお話をした。
私が、一番古くからお世話になっている機材屋さんで、総合力では、たぶん日本で1.2番だろう。関東に限定していえば、間違いなく一番信用できる業者だ。
「陶芸に関わる仕事では、合理性ってことが、なかなか当てはめにくい」ってなことを言っていた。

部品などは、仕入れ先などの吟味によって、ある程度コストを下げることが出来ても、大切な組立や搬入は、目の届くところで行わないと、責任ある仕事が出来ないそうだ。
陶芸という不確定要素の多い趣味では、ユーザーへの対応をマニュアル化出来ないので、 結局は、社員一人ひとりが頼れる営業マン兼技術者となって、丁寧に ユーザーと接していくしかないのだ。
一見手間がかかるようだが、この業者は、このことを徹底したため、後発ながら、大きく成長してきた。

陶芸教室も同じだろう。
教室運営は、「健康な理念」と「スタッフの質」が最も重要で、経理システムなどは後からついてくる。
システムや仕入れコストの合理化は必要でも、マンパワーを合理化するわけにはいかないのだ。
ただ、小さな陶芸教室の多くが「宣伝・広告・営業」をおざなりにしすぎている。
という話もあるが、これは、話しが長くなるので、またいつか。


▼04.9.24
ラジオで、「居酒屋では、男三人で呑むお酒がおいしい」という話をしていた。
一人は気軽だが寂しい。
二人は気を使う。
三人だと、適当に休みながら呑めるそうだ。

なるほどと思った。

ときどき、一人で呑みに行くことがある。一時間くらい、企画や校正など、軽い内容の仕事をしながら呑む。
仕事の緊張感から、ほどよく開放されて、ストレス解消になる。

基本的には、一人で何かをするのが好きだ。学生時代、バイクに乗って、キャンプやツーリングに行くときも一人だった。
けして人嫌いなわけでも、孤独が好きなわけでもない。
人に気を使うことなく気軽に、気の向くまま行動できるのが好きなのだ。

数人で楽しく呑むお酒も、大勢でバカ騒ぎする酒も好きだ。
呑みだすと、「今日はこのへんで」と、自分から切りだせなくなる。相手や周りのことを気遣わず、ズルズルと呑み続ける悪い癖がある。
ただ、いない人の悪口を肴に呑むような集まりには、長居をしない。

同じラジオで「川島・ワイン・なおみ」が言っていた。悪口は、おいしいお酒に似合わないし、味も台無しにする。
意外といいこと言いますね。


▼04.9.22
大学へ下見に行って来た。
工房を見るのは2度目だが、専用の陶芸工房が確保されていて、設備も整っている。なかなか充実した環境である。半期のみの授業とは、もったいない。
あらためて窯をよく見ると、マイコンのすごい焼成装置が付いていた。陶芸専攻のある学校にしかないような高価なモノだ。

陶芸の授業を履修登録した学生の人数を聞いてちょっとビックリした。現在25人。
今年からシステムが変わったので、少し多くなるとは聞いていたが、せいぜい15名くらいだろうと勝手に想像していた。
普段の陶芸教室では、多くても22名くらいだ。しかも、それを3名のスタッフで切り盛りしている。
授業は、基本的に一人でおこなうことになる。 助手が付くが、陶芸のことはわからない。計画的に授業を進めなければ、とんでもないことになりそうだ。


そうそう、まだ手元に届いていないので、完成した本を見ていないが、「はじめての楽焼陶芸」が出版されたらしい。なんと表紙の装丁は「南伸坊」さんである。お陰で、とても可愛らしい本に仕上がった。



▼04.9.17
気が付いたら9月も半分過ぎてしまった。
初めてやった、撮影のスタイリングの仕事は、なんとか無事に済んだが、次号の陶工房の準備を本格的に始めないと、やばい状況になってきた。
来週の頭には、祖師谷陶房の生徒作品展用の印刷物のデータを完成させて入稿しなければならない。

そして、いよいよ連休明けに、大学に行って授業の準備をする。ほかの仕事と違い、初めての大学講師は、正直不安である。
同じように陶芸を教える「陶芸教室」の講師とは、その目的も進め方も異なる。
しかも、若い学生を対象にした授業だ。
いつも、30〜70代の大人を中心に指導しているので、未知の領域に踏み込む感じである。

もう一つ、初めてやる仕事の話しがある。
展示会場に飾るパネルのグラフィックデザインだ。まだ詳しい内容を聞いていないので、自分に出来るのかどうかもわからないが、ちょっと無理してもやってみたい。

失敗して凹むこともよくあるが。新しい分野の仕事をするときのワクワク感と緊張感が好きだ。

▼04.9.9
「風評被害」って身近にもけっこうある。
子供が学校で、変なウワサをされてしまうような事や、近所のウワサ話なども、ちょっとした風評被害である。
近所の主婦達の井戸端会議くらいに考えていたら、まったく根拠のないウワサで、当人達に多額の被害を与えることになってしまう。
タチが悪いことに、 ウワサを蔓延させた当人達にまったく罪の意識がない。
根拠のないことを、さも本当のことのようにさんざん風潮しておいても、実際に違うことがわかると「あら、そう?」で終わりだ。
こういうことが、実際に身近でおこり、背筋が寒くなった。

少し違うかも知れないが、出版物に執筆していると、図らずも人や企業に迷惑を掛けてしまうことがある。
実際にクレームを受けて謝罪文を書いたこともある。

地域や業界は「村社会」的な性格を色濃く持っている。自分が加害者になってしまうこともあるし、自分や自分の所属する組織が被害者にならないとも限らない。
モノゴトの真偽を冷静に判断して、その先にある被害や関連事項をしかりと想像することが、大切なのだろう。


▼04.9.2
九月になった。暑い日と涼しい日がごちゃ混ぜで、着る服も微妙になってきた。しかし、日中暑くても、夜は確実に涼しくなってくれるのが嬉しい。秋の虫も鳴き出した。

今月は、めずらしく、どの仕事も締め切りがない。
その変わり、いろいろな準備を並行しておこなわないとならない。
□10月からの大学の授業
□10月に開催する祖師谷陶房の作品展&パーティー
□次号の「陶工房」の連載
□その次の号からの新規企画
それに加えて、頼まれものの湯飲み制作。

はじめてスタイリングの仕事もする。キャンドルづくりの単行本に使う作品写 真19点、17カット。各作品ごとに数案考えているところだ。著者や編集者、デザイナーと相談して決定。小道具を集め、ロケ場所を探す。
アイデアを出すのも大変だが、実作業 も以外と多い。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-10

▼041028
少し前、ある展示会に行った。グループの中に、定年後陶芸を始めた方がいらして、私の知人から陶芸家です、と紹介された。
彼は、展示作品の中から、自信作と思われる木の葉天目の茶碗を私に差し出し「どうだい」っと自信に満ちた表情を見せた。
綺麗に、木の葉模様が写 った茶碗であったが「綺麗に模様がでましたね」と言うのがやっとだった。

彼は、美大を出たあと、企業に就職し、定年してから訓練校で陶芸を学んだそうだ。今は陶芸教室を営んでいる。
話を聞いていると、自分は陶芸家とは呼べないかも知れないが、腕は陶芸家並み、だと思っているようだった。

天目釉に木の葉模様を綺麗に写 すのは、以外と難しい。何度か焼くし、微妙な温度調整も必要だ。イヤ、必要らしい。私は、やったことがない。
しかし、木の葉模様を写 すことと、感動させる茶碗をつくることとは、別 の話なのだ。
彼は、 そのことに、まだ気が付いていない。

彼は、今陶芸が楽しいモノと感じているだろう。自分の技術が上達しているのを実感している時だと思う。陶芸の怖さを知らない時期とも言える。
自分にも経験がある。いま思えば、一番楽しく、陶芸に没頭できた。
広い視野で、陶芸を見られるようになってくると、それも無くなる。辛くて、難しくて、そして怖い。
作品の出来に、満足することが無くなる。

数年前、執筆や写 真、デザインの仕事をはじめたころ、陶芸を始めた頃のような楽しさがあった。未熟で稚拙な仕事でも、少しずつ上達していくのが嬉しかった。
いま思うと恥ずかしくなるが、それを見てもらいたい気分でいっぱいだった。
彼の気持ちが良くわかる。

最近では、そっちの仕事も辛さが増してきている。


▼041027
昨日、最後の無料体験を行って、 いろいろな仕事の波が去った。あとは新規入会者が増えるのを願うだけだ。
教室のスタッフや関係者のお陰でなんとか乗り切れたが、
今回は、教室のイベントと雑誌の締め切り、その他もろもろが重なって、 ホント、綱渡りのようだった。
一瞬だが、ようやく一息つける。

こういう時期は、大学講師で半日つぶれるのが辛い。しかも、1限の授業なので早起きして高速で移動、また戻ってこないといけない。
戻ってきてしばらくは、ボーっとしてしまい、仕事モードに戻るまで時間が掛かる。
毎週1限からは、思ったよりプレッシャーになってきた。

今日は、久しぶりに鎌倉の自宅をゆっくりと出て、昼過ぎに出勤した。
ある業者から頼まれた企画をまとめようと思ったが、なかなか進まない。って言うより、気が抜けてて集中できない。


▼041014
明日から始まる祖師谷陶房の生徒作品展の展示を行った。毎年、搬入日は木曜日で教室があるため、すずき先生にやってもらっている。
夕方、展示の様子を見に行った。開講5周年、展示は3年目からなので今回で第3回だ。
全体的な感想としては、生徒ひとり一人の個性がより明確になり、技術的にも安定感がでてきた。一言で言うと「安心してみることが出来る」
客観的に見て、レベルは高いと思う。

最近、5年目にして、生徒の数も増えてきている。
一見、遠回りに見えても、しっかりと陶芸の基本を身につけてもらう指導方針が、功を奏してきてるのではないだろうか。
長く続けてもらうことで見えてくる、本当の作陶の楽しさを知ってもらえれば、教室としても安定してくる。


▼0410.5
今週は怒濤の忙しさになりそうだ。
月曜日は大学で初授業。
勝手のわからない場所で、久しぶりに新人気分を味わった。授業の方は試運転といった感じだったが、素直な学生達でちょっと安心した。

今日は、ある大手電機メーカーの方と会った。今まで、陶芸と関わりのなかったメーカーが、全く新しい技術の電気窯で陶芸業界に参入してきた。実は、記事になるのではと思い、前から資料を集めたり、それとなくアポを取っていたのだが、今日 初めて担当者とお会いした。
率直な感想をのべさせていただいたが、生意気ともとられかねない意見を、とても謙虚に聞いていただき、ちょっと恐縮した。
結果 的には、良い話ができたとおもう、今後の展開もありそうで、楽しみだ。

明日は、季刊誌「陶工房」の記事がらみで、窯を搬入していただく。
このメーカーの機材は、はじめて取り扱うが、京都から直々に来られるので、その場でいろいろとお話しを聞くことができそうだ。
しかし、この窯を含め、原稿の締め切りが迫っているので、かなり忙しくなりそう。
週末までには、写 真も含めて、ほぼ完成させておかないと、、。

話は変わるが、最近ブラウザのトップページをライヴドアにした。
ここのギガメール(なんと1ギガのメール容量 でタダ)というサービスに自分のメールを転送させている。
そして、ここのカレンダー機能にも仕事やらなんやら、予定を書き入れてある。
ブラウザを開くだけで、メールとスケジュールのチェックができるようにした。
さらに、いろいろな最新ニュースが載っているのもうれしい。
大学など、出先で仕事をする機会が増えるので、ライヴドアは、 役立ちそうだ。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-11

▼04.11.27
今日は、近くに出来る巨大マンション(約1000戸)群のモデルルームで、出張体験講習会をした。モデルルームが入っている大きな2階建ての建物も、専用に建てられている。
知人の紹介で、そこのギャラリーで生徒作品展を行っているが、そのつながりから今回の講習会をさせていただくことになった。朝、粘土や道具一式を車に積んで会場セッティングして夕方まで開催した。 あまり忙しくなかったので、久々ゆっくり、じっくり指導することが出来た。

夜は、ある生徒さんのご招待で、講師達と食事会だった。
久しぶりにフランス料理のフルコースを食べて、リッチで有意義な時間を過ごした。
外国航路の船乗りだった生徒さんとの話は、たのしくて興味深いものだった。

知らない業界、世界の話を聞くのは面 白い。自分が今いる世界の価値観とは違う部分と重なる部分があって、価値観の普遍性みたいなものも垣間見えたりする。
食事もワインも会話も美味しかった。


▼04.11.25
昨日、窯をつくっている工場を取材で訪ねた。
この会社は、照明関連の大手企業で多くの公共事業も手がけている。
大きな工場内は、担当者の方に正門まで迎えに来てもらわないと、絶対に目的地までたどり着けない。

私の育った街には、自動車メーカー「マツダ」の本社と工場があった。
敷地内には、小さな商店街や専用港、貨物列車用の線路もある。 隣には「マツダ病院」があり、周辺には多くの社宅もあった。 まさに、企業城下町だった。

取材に行ったところは、そんなに大きくなかったが、工場の建物が並ぶ敷地内を歩いていて、ふと昔を思い出したのだった。

今度の単行本では、数カ所の取材がある。出版の仕事をしていても、あまり取材をすることがなかったが、最近取材も増えてきた。
カメラマンといっしょに行く場合が多いが、一人でカメラを担いでいくこともある。
一人で書いたり、撮影するときよりも何倍も緊張するが、この頃は、取材先で見たり聞いたりすることが、ケッコウ楽しく感じてきた。



▼04.11.18

先日、出版社に行って「陶工房」次号(2月発売)の内容について話し合いをした。次回から内容をガラッと変えるため新企画も多い。その段取りやら準備で忙しくなりそうだ。
並行して進めていた単行本の企画も、出版社の会議を無事通 過した。1冊の予定だったが、軽い気持ちで話したもう一つの企画も採用になり、来年も2冊の単行本を出すことになりそうだ。
来年は、久しぶりの個展もあるので、時間の調節が大変そうである。

「梅ヶ丘アートセンター」で企画させてもらっている展覧会。参加作家も決まってきて、少しずつカタチになってきている。
展覧会を企画・準備することは、とても楽しく、同時に緊張感がある。はじめて、ギャラリー側の気持ちになったが、作家の了承を得る作業は、 思った以上に不安で、参加の了解を得られると、とてもとても嬉しいものだ。
作家も、一度は展覧会を企画する側になってみると良いと思った。新たな視点で、展覧会という催し物を見ることが出来るだろう。


▼04.11.7
来春に出版予定の単行本の企画を始めた。
今度の単行本も陶芸関係だが、いわゆる作陶の技法書とは違う。詳しい内容は、まだ公開できないが、陶芸家としての専門性を生かしたものになる。

もうひとつ、新しいことを始める。ギャラリーの企画。
前から構想していた企画をまとめて、梅ヶ丘アートセンターのオーナーに お願いしたところ 、来年度の企画の一部をやらせてもらえることになった。
作家との交渉はこれからだが、楽しみであり不安である。

大学の授業は、備品が少なく苦労しているが、周りの期待に反して、粛々と順調に遂行されている。
1年目なので、しょうがないが、進行状況や備品の数量 など、手探りが続く。


 
 
 
 
 
 
 
 
 
ひとりごと 04-12

▼04.12.16
私が担当するクラスの今年最後の授業だった。今年は例年より早めに終わるが、その変わり来年の始まりも早い。

この2週間は、かなりいろいろなことがあって、疲れもピークになっている。
いろいろな人とも会って、いろいろと新しい仕事もした。

印象的だった人のひとりは、ある陶芸機材メーカーの専務さんだ。このメーカーは土練機のトップメーカーで、今回新製品をわざわざ、岐阜から陶房まで届けてくれた。
その斬新な製品以上に、専務に圧倒された。
関西弁で製品の性能や、こだわりを熱く語ってくれた。つくづく、情熱と愛情が良き製品を作るのだな、と思った。


自分がライターをする記事の写真は、前から撮っているが、今回初めて純粋にカメラマンとして取材に同行した。
もともと自分で企画したので、ビジュアル的なイメージにこだわりたかったからだ。
しかし、 自分で書くための写真を撮るのと、ライターに渡す写真を撮るのとでは、緊張感が違う。
クレームが来ない写真を撮らなければならないのだ。 ストロボの当て方、露出、ピント、構図など、一枚一枚気を使う。
陶芸作家のペースにあわせて丸6時間撮影、フィルムで13本撮ったら、変な筋肉痛になった。写 真を撮って筋肉痛になったのは初めてだ。


また、ある日は、単行本の取材で、アマチュア陶芸家にインタビューをした。
都内のマンションの9階で、小さな窯と陶房を構えていらっしゃる。私の親と同世代の彼女は、ご主人との共通 の趣味として、自宅で陶芸が出きるようにした。
これは、陶芸の大きな魅力の一つである。そして、マンションでも気軽に陶芸を出来るのは、ここ数年の、メーカーをはじめとする業界全体の大きな流れによるものだろう。

時代は、ますます陶芸を身近なものにしてくれている。
しかし、この「自宅派」の流れはまだ緩やかだ。たぶん、あと5年のうちに、加速して「教室派」に迫ってくるだろう。 「自宅派」に必要とされる陶芸教室がこれから生き残っていくのかも知れない。


▼04.12.1
ついに12月になってしまった。師走とは良くいったもので、やはり急激に忙しくなってきた。
昨日は、各方面へ電話をかけまくって、一日が終わった。

今朝は、午前中、車を車検にだし、その後、窯の搬入があった。
この窯、画期的なのだ。
陶芸業界、数十年ぶりの新方式だ。周りでも、噂になっているが、実際に使ったことがある人はわずかだし、見たことがある人も少ないだろう。
そんな窯をお預かりすることになり、久々にワクワクしている。

夕方からは、ひょんな縁でご紹介いただいたフードスタイリストの方と打ち合わせをした。
器の作り方を数多く紹介してきたが、盛り付ける料理は、別のこととして、とくに見せてはいなかった。陶芸専門誌として、そこまでしなかったのだが、「見せ方」として料理の必要性、重要性も感じていたのだ。
そして、新企画を機会に、思い切ってあたらしい挑戦をしてみることにした。
今回の企画のみならず、今後のいろいろな仕事や、陶芸家として器を作るときにも、あたらしい展開が出てくるかも知れない。