ひとりごと 05-1

▼05.1.26
今日は、朝から大学の補習授業だった。今週は、3日も授業がある。そもそも、月曜日の授業は、祭日による休講が多すぎる。何年か前、お国が連休を増やすためにそうしたらしいが、月曜日に2コマずつ消化しなければならないので、結局6コマも足り無い。怒濤の補習授業である。
しかも、自由業の我々には、連休も関係ない。
始めての大学講師もあと2日になった。ようやく学校にも生徒にも慣れたとこで終わってしまう。
たぶん、来年度もやると思うが、受講するのは、また新しい学生達だ。そうそう、来年度は、生涯学習のオープンキャンパスも行うことになった。

大学から、陶房に戻ると、問い合わせや、仕事の連絡、取材の申込みなど、電話が鳴りっぱなしだった。電話ってなぜか集中してかかってくる。
夕方から、陶工房のゲラをチェックして、 FAXで送り返す。

昨日の夜、故水上勉さんと骨壺のことを調べていたら、鎌倉に住むある陶芸家のホームページにたどりついた。
ほぼ同世代の彼は、なかなか興味深い人生を歩んでいて、日記の読後感が、しみじみとなんともよい感じなのだ。
読書魔なのだろうか、ときたま文章的に凝った表現を織り交ぜているが、書きすぎることがなく、余韻がある。

明日は、陶房の授業だ。
体調万全で挑まねば。


▼05.1.23
今回もギリギリだったが、なんとか「陶工房」の原稿を入稿できた。
今号は、新企画もあり、少しリニューアルされる。
自分が執筆や作陶をしたわけでもないのに、企画から参加したものが、カタチになって出版されるのは、思ったより不安だったり、嬉しかったりするものだ。
自分が担当するページに飽きたわけではないが、2年以上続けていると、どうしてもマンネリ感がでてしまう。
ここらで、担当ページも一新したいものだ。

先週「祖師谷陶房」では、新年の「餅つき大会」やら、ラジオの収録やら、フリーペーパー取材やらあって、なんだかバタバタと忙しかった。
そして、すっかり忘れていたが、先月収録したBSジャパンのテレビ番組が放映されたらしい、、偶然見た生徒さんが言っていた。

テレビといえば、最近、ある情報科学バラエティー番組の人から、前調査のための電話が何度か掛かってきた。近所の先輩を紹介したが、どうなるんだろう?

「陶工房」が一区切りついたが、「マイクロ波陶芸窯」の企画と「単行本」がまっている。
今週の金曜日に湯河原まで取材に行ったのだが、街を一望できるアトリエは、気持ちのよい空間だった。
いつか、自分も生活を楽しみながら、仕事が出来るようになるのだろうか?
仕事がないと不安になってしまう現状では、想像が難しい。


▼05.1.12
今日は、フードスタイリストの方に来てもらって、作品の撮影をした。
初めて見るフードスタイリストの仕事は、的確で、すばやく、そして繊細であった。
料理を知っていること、流行を知っていること、美しさを知っていること、さらに、撮影用に見栄えをよくすること、、などなど、フードスタイリストに求められることは、広くて深い。
たった2品の撮影でも、重装備でやってくる。七つ道具ならぬ数百もの道具を使いこなすのを見ているだけでも楽しい。
食材を扱うことの難しさと、楽しさを痛感し、フードスタイリストという仕事に敬服した一日だった。

明日、ライターの人が受け取りに来るというので、撮影が終わってすぐ、現像のため新宿のラボまで車を飛ばす。
一度工房に戻り、自分のページ分のブツ撮りを行う。
夜の8時になって、もう一度新宿のラボまで行って、フィルムをチェック後、出版社への配達を頼んだ。
さらに、工房に戻って 、最後のワンカットを撮影。

夜中には、ポジ切り&原稿書きがまっている。
明日は教室の講師をしなければならないというのに、、、


▼05.1.3
昨年中に片付けられなかった仕事がたくさんあるので、 今日から出勤である。

住んでいる鎌倉は、元旦から今日まで通行規制がある。8:00〜17:00まで市街地に車で入ることが出来ない。以前住んでいたところは、この規制区域内だったので、警察で特別 通行手形のようなモノを発行してもらえたが、今の住まいは、数十メートルはずれていて、これももらえない。
しかたなく、朝の7時半に家を出た。これより遅くなると、えらく遠回りをすることになるし、箱根駅伝の交通 規制もあって、渋滞は必至だった。

1月は、ムックの締め切りや単行本の取材がある。パナソニックの窯の件もカタチにしていかなければならない。大学の授業も大詰めである。
とにかく、いろいろと 重なって昨年の師走以上にハードになりそうだ。

それに加え、年末ギリギリにおきた仕事のトラブルもあり、憂鬱な年明けである。
今年から、少しずつ仕事のウェートを変えようかとも思っている。
180℃方向転換し、原点に戻って仕事をしていく時期なのかも、、、などと思ったり。


 

 
ひとりごと 05-2

▼05.2.12
毎年思うことだが、2月って なんで短いのだろう。損をした気分だ。

結局、情報科学系バラエティー番組のテレビの撮影は無くなった。取材されたオレの一日を返してくれ!って気分だが、まあ、テレビの場合よくあることのようで、しょうがない。
鎌倉の料亭にいたころ、旅番組の取材がくるということで、
陶房を前日に 掃除して朝からスタンバって待っていたのに、他の取材時間に押されてドタキャンされたことも、一度や二度ではない。
情報科学系バラエティー番組では、登り窯のある別の教室に取材先を変えたようだが、ADからは、今だに相談の電話がかかってくる。おいおい。

そんなことがあった翌週。今度は他局の朝の情報番組から問い合わせがあった。
個人的には、撮影日程もきついし、うちの教室とは、少し内容が合わないようなので、丁重に断ろうと思っていたのだが、視聴率に目がくらんだオーナーが俄然やる気になってしまった。こちらの条件を提示して、検討してもらうことになったが、結局その後、連絡が来ずじまい。

密かにホッとしていたら、今週また、さらに他局から問い合わせがあった。あいにく留守にしていたので詳しい内容は聞いていないが、番組のクオリティーからして、少し楽しみである

しかし、最近なんでこんなにテレビ関係の問い合わせが多いんだろう?

大学今年最後の授業、簡単な講評をしたあと、時間があったので、オマケとして、大型ストロボ使った撮影テクニックの実践講座をやった。
学生には、写真部も多く、カメラやデザインにも興味がある。
撮影する際、デザインされる媒体やレイアウトを意識することや、ブツ撮りと人物撮りとの基本的なライティングの違いなどを撮影をしながら説明した。
本格的な機材を見るのも始めてらしく、陶芸の授業のときよりもはるかに、真剣に聞いていた。

来年度から「陶芸部」を見ることになり、授業後その打ち合わせのようなことをする。さらに、9月に予定しているオープンキャンパスの日程調整などもあった。
その後、図書館で採点をして、学務に提出。これですべて終了した。

今回、提出作品に対する採点ではなく、100点満点からの減点方式で採点した。欠席1回につき−●点、提出作品の欠品1点につき-●点といった具合だ。
評価するとき「公平」ということに気を使った。真面目な学生がバカを見ないように、さぼった学生には、それなりのペナルティーを与えなければならない。
まあ、まずまず公平に評価できたんじゃなかろうか。


▼05.2.1
先週も、取材が多かった。取材が重なって、取材しているところを取材するようなことになってしまった。しかも、通 常の授業中だったので、生徒にとっては、毎週毎週なんなの?って感じだったろう。ちょっと迷惑を掛けてしまった。

週が明けて月曜日、今度は取材に出かけていった。以前から知っている方だが、自宅の窯で、仲間と陶芸を楽しんでいる所を取材した。
護国寺近くの自宅には、昔からの仕事仲間や護国寺のお坊さんらが、彼の人柄を慕って集っている。
職業も立場も違う人々が、作陶という共通項で集う。普段の仕事や生活からちょっと離れた世界で没頭する。粘土の前では、社会的な立場など関係ないのが、良いのかもしれない。
取材後、ちょっとした酒盛りが始まる。誘われるがまま、ご一緒させてもらうが、今日にかぎって私の車だったので呑めずじまい。一緒に行った編集者は、遠慮しながらも呑んで顔を真っ赤にしていた。

夜、大学の成績付けの準備をする。出席時数、受講態度、作品提出率、作品評価などを点数に置き換えて採点するのだが、始めてのことなのでいろいろと考えてしまう。
はっきり言って冷徹になれない。わずか4ヶ月の授業だったが、やはり生徒に情がうつってしまうものだ。
来週は、最後の授業。出来上がった作品の講評会と採点である。

 
ひとりごと 05-3

▼05.3.31
今日、東京で開花宣言があった。本当に桜って綺麗だなと思うのと同時に、あんなにいっぱい花をつける樹木ってめずらしいよな、、とあらためて思った。
日本中に、桜の木が植樹されたのもわかる気がする。

そして、明日からは新年度だ。新人社員の人たちは明日が緊張の初出勤になるのだろう。
学校を出て、初めて職場の陶房に行った日を思い出す。
緊張と不安がない交ぜになっていたが、張り切っていた。
すごくすごく、やる気になっていた。


思い起こしてみると、昔から、はじめて何かに挑戦するときに、結構張り切る。
今でも、仕事で初めて誰かと会うときや、新規の仕事に挑むときは、楽しみだ。新しい出会いとか、これまでにない仕事に挑戦する緊張感が好きなのかも知れない。
新しい世界を見つけて、新しい人間関係が出来て、あたらしいキャリアが身に付く喜びもある。

今年の大学の受業は、前期にしてもらった。後期の日程だと、学校のある八王子は寒すぎるからだ。
最初の授業は4月8日にある。2年目なので、昨年度のような緊張感はないが、いよいよ今年度も始まるんだな、、って感じである。
昨年度の反省点を踏まえて、さらに充実した講座にしたいとも思う。

明日は、出版社で「色校」をする。「色校」というのは、実際に印刷所で刷ったものをチェックする作業。いよいよ単行本の最後の作業である。



▼05.3.26
「ひとりごと」を随分と長い間休んでしまった理由は、単に気持ちに余裕がなかったからであって、けして病気とかではない。いたって元気。仕事もバリバリやっている。
ただ、プライベートなことだが、引っ越しをした。我が家の引っ越しは、大量 の家財道具と植物の大移動になるので、かなり過酷な大作業だ。引っ越すたびに二度と引っ越しをしたくないと思うが、良いところが見つかると移動してしまう。
まあ、借家住まいの「特権」とも言えるだろう。
新居は少し狭くなったので、別にレンタル倉庫も借りた。引っ越し代などの出費は痛かったが、最高の景色が手に入った。快適である。引っ越して良かった。
引っ越しと並行して単行本の執筆が佳境に入っていた。体力的な疲れと、明らかに足りない時間、それでも日常の業務は休めないし、、、今回はさすがに原稿が間に合わないかと思ったが、色々な人に迷惑を掛けながら奇跡的に間に合いそうだ。
桜が咲く頃には、少しだけ休みを取りたいものだが、連載のゴールデンウィーク進行のため、無理そうだ。
6月には、久々の個展も あるのでこれも辛そうである。

 
ひとりごと 05-4

▼05.4.20
しばらく、陶芸関係のホームページをチェックしていなかった。ずいぶん前に集中的にチェックして「陶芸業者」「プロの陶芸家」「趣味の陶芸」「公的施設」「陶芸教室」「ギャラリー」などのジャンル分けをしてお気に入りに入れてある。その後も気付く度にマークして、その数はすでに数百サイトある。
しかし、ここ最近の「ブログ」人気のため、ネズミ算式に数が増えているようだ。
新顔も少なくない。読んでいて楽しいものもあれば、勉強になるものもある。しかし、何となくイヤな感じのブログもある。この「何となくイヤ」という感じがポイントだ。
掲示板のコメントの中にも「何となくイヤ」なものがあったりする。

時間をおいて自分の文章を読み返すと「あれれ、オレってなんかイヤなヤツ」みたいな感じの文章を書いていることに気付くときがある。すでに印刷をされて世間に出回ってたりしていると、何とも恥ずかしい。後悔しても時すでに遅し、である。

修行が足りないのだ。無意識のうちに「おごり」が文字に文章ににじみ出てしまうのだ。
「書き手の満足、読み手の不満足」いつも教訓にしている言葉だが、実際におこなうのはけっこうむずかしい。


▼05.4.14
陶芸ややきものに関するサイトは多いが、キチンと最新情報を提供してくれるサイトは一つしかない。
「やきものネット」である。
このサイトは、少しずつスタイルを変えながらも、展覧会情報を中心にやきもの関連の情報を我々に提供してくれる。

無料で情報を提供してくれているので、広告料がおもな収入となり、それでもって運営しなければならない。
Webの広告効果と紙媒体(陶芸雑誌)の広告効果にどれほどの差があるのかわからないが、広告が取りにくいのはWebである。
展覧会情報の広告効果で言えば、1:DMハガキ、2:Web広告、3:雑誌広告だと思う。もしかしたら、すでにWebの方が広告効果 が高いのかも知れない。
個人的には、届くDMハガキよりもWebで展覧会情報をチェックする方が多い。 パソコンに毎日向かう人の多くは、そうなんじゃないだろうか。
その展覧会情報の多くは「やきものネット」から得ていた。私にとって無くてはならないサイトの一つである。

その「やきものネット」が大きくリニューアルして、展覧会情報などの検索コンテンツを終了するという。陶芸教室や窯元などの情報がなくなることは、それほどショックではないが、常に新鮮な情報を提供してくれていた展覧会の情報が無くなることは、とてもとてもショックだ。
運営組織の大幅な見直しによるコンテンツの縮小ということらしいが、残念でならない。


▼05.4.13
夕方、釉薬の調合をしようとおもって原料を調べていたら「酸化スズ」が無い。どこを探しても無い。ヤバイ。
良く知っている業者に電話。すでに今日の発送は済んでいたが、そこを何とか無理矢理お願いして送ってもらえることになった。 テスト用なので、わずか6グラムしか使わないのだが、無いと困るのだ。
原料のストックは、いつも余裕を持って確保しているつもりなのだが、ときどきこういうことになる。特に普段めったに登場しない添加剤は、気付くと無くなっている。
かと思うと、無いと思って多めに発注した原料が、棚の隅から大量 に出てきて、一生分ストックできることもある。

大学では、毎月原料や材料の残りの量をチェックして、足りない分を発注していた。いわゆる「棚卸し」を毎月していたのだが、あまりにも項目が多くて、出来ればやりたくない作業だった。しかも、聞いたこともない原料や何十年も前から1グラムも使っていない原料も少なくない。そんな原料も手分けをして残量 をチェックする。
中には、もう天然の原料としては手に入らない貴重なものがあったりしたようだが、学生の我々にはその価値もわからなかった。

そんな原料庫の一番奥に、高さ170センチくらいの長細いオブジェのような巨大な壷が2個、ホコリまみれになって無造作に置いてあった。
なんで捨てないんだろう?と思って見ていたのだが、それは色絵で人間国宝になった故藤本義道先生が、むかし「走泥社」というオブジェのグループに属していた頃の作品だと、 しばらくして先生が教えてくれた。
その作品が無事に引き取られていくまでは、倉庫のその場所を通 るたびに、いやな緊張感がはしった。


▼05.4.8
朝の9時から、大学で今年度初の授業を行った。大学自体、今日が授業開始日だったので、「初」なのは今年入学した新入生も同じだ。大学に入って初めての授業が私の担当する「陶芸」ということになる。
隣りに座っている同級生にすら慣れていない状況なので、彼女たちの緊張感は想像に難くない。
2年目なので、初授業も多少はリラックスして出来ると思ったが、緊張感というのは伝わってくるもので、こちらまで緊張してしまった。
後で気付いたのだが、この時期の授業は履修登録前ということもあって休講が多い。授業も試運転的な内容らしい。
初日から、いきなりトップギアで湯飲みや飯茶碗をつくらせることもないのか。

午後は、八王子から世田谷に戻って料理と器の撮影。今回はフードコーディネーターの先生に酒菜を2品つくってもらった。
あたらしいアシスタントの方に仕事を教えながら準備をされている様子が、春らしかった。

桜の花が満開になる頃って、期待と不安がない交ぜになって上京した十数年前を思い出す。
3浪した後輩は、大学に落ちた絶望感を思い出すのか、トラウマのように鬱な気分になると言っている。
そういうのって、桜並木が美しいほど、それに反比例して気分が落ち込む。
「空が青過ぎて切なくなる」現象なのだ。


▼05.4.5
陶工房に連載をしている「混ぜておぼえる釉薬づくり」の調合は、ほとんどが新作だ。つまり、毎回テーマに合わせて、出来るだけ簡単な調合で釉薬がつくれるように、調合を考えている。
プロの陶芸家なのだから、簡単だと思われるかも知れないが、美術系の我々にとって理系の釉薬調合は、出来るだけ避けて通 りたい分野だ。
自分が興味のある釉薬以外のことは案外知らない。
この連載のために、学生時代の何十倍も釉薬のことを勉強した。それでも、まだなだ解らないことだらけである。

連載も2年以上続けていると、ネタが乏しくなり、だんだんと難しい調合の釉薬になってくる。
何冊も専門書を持っているが、今だ開いたことがないページも少なくない。
今回選んだテーマは、そんなページ載っている釉薬だ。
釉薬の調合と焼成方法がからんだテーマなので、すこし見せ方を変えなければならない。

他の仕事もじりじりと締め切りが迫っている、、。さっさと片付けたいが、そうもいきそうになさそうだ。


▼05.4.1
午後の2時から出版社でイロコウ(色校)をはじめた。
モジコウ(文字校)とかイロコウがキライだ。そもそも読書があんまり好きではない私が、本を読む作業をしていること自体おかしい。自分が書いた文章じゃなけりゃ、絶対に読む気がしない。
すでに何度も読み直していて、うんざりしているというのに、山のよう発見される変な文章。意味不明な解説。誤字、脱字。ごちゃ混ぜな文体。消えた図版。
イロコウの段階で修正すると言うことは、印刷用の版を修正すると言うことなので、1箇所○円という具合に金が掛かる。「スミ版」と呼ばれる黒色なら比較的安いが、色が付いている部分を修正すると4色分の版を修正することになるのでちょっと高くなる。
間違いを発見するたびに、編集者が怒る。原稿料から引くぞ!と脅迫する。それでも、誤植は見つかる。見つかる。どんどん見つかる。

印刷会社の担当者が原稿を取りに来るが、その度に「後1時間待って」と言われてスゴスゴと引き上げていく。

ようやくイロコウが終わって印刷会社にデータを渡した時には9時を過ぎていたが、出版社内は、まだ黙々と作業をする編集者がいっぱいいた。
居残っていた陶工房の編集長の所に寄って、前から意見を聞きたいと言われていた売り込みのあった原稿を見せてもらう。

書いた方は陶芸家ということだったが、とても専門的な内容を、理系的に解説していた。
出版関係の仕事はしたことがないらしく、一番重要な「趣旨や対象となる読者」「見せ方、読ませ方のコンセプト」がハッキリしていないので、具体的な企画のカタチが見えてこない。
とても豊富な知識を持っているだけに、おしい感じがした。上手にプロデゥース出来るライターか編集者と組むと、面 白い企画だ出来るかも知れない。


 
ひとりごと 05-5

▽05.5.30
ごくごくわずかだが、宗教的な布教テクニックを使って陶芸指導をする団体がいる。
精神性が多少は作品づくりに影響するからだろうか。前々から気になっていた。

表現は露骨に宗教的だが、内容がしっかりしているところもある。そこは結構商売として成り立っているらしい。そのやり方が、かえって会員を減らしているような気がする。
そこが最近新しい商売を始めた。内容は、すでに他社で展開していることで珍しくないのだが、ココの売り文句は「画期的」「世界初」「○○だけの」「オリジナル」とか「インストラクターになれる」「オーナーになれる」というもので、かえって引いてしまう人が多そう。

最近、もう一つ「陶芸宗教」を見付けた。こちらのホームページは、更に宗教色の濃い内容になっている。しかし、内容が抽象的で精神論に終始する。
誤字脱字、変な文章も多くかなり悲惨な状態だった。

宗教を否定するつもりは全くないが。陶芸指導を宗教にしないでほしい。
それと、階級をあげるためにお金が必要な「道」にもしないでほしい。


▽05.5.23
梅ヶ丘アートセンターで行われた後輩作家のギャラリートークに参加した。
しばらく、陶芸家の仲間とじっくり話をしたことがなかったし、後輩の「作陶についての考え」みたいなことをきちんと聞いたことがなかったので、おもってた以上に興味深く、楽しい集まりだった。

そこへ、ギャラリーオーナーの友人で、我々の学校の講師だった宮脇先生が来てくれた。先生は最近愛知教育大学の教授を退官された。お会いするのは、大学3年生以来だ。
先輩に連れられて、愛知の先生の宿舎まで会いに行った。あまりに緊張しすぎて、よく覚えていないが、陶芸をはじめたばかりで、話の内容がよく理解できなかった記憶だけがある。

当時と変わらず、静かにゆっくりとお話をされる。あれから、自分も少しは陶芸のことを学んだので、今度は話が理解できた。それどころか、先生に聞きたいことが沢山あった。

宮脇先生は、クラフト協会に深く関わって活動をされていた。「民芸運動」と「クラフト運動」と「走泥社の活動」
やきものが産地の産業から、アートやデザインを意識しだした頃だ。
しかも、すこし前には加藤陶九郎や荒川豊蔵の「桃山復興」があり、さらに前には魯山人の活躍があった。

戦後、日本がアツイ時代、陶芸の世界にも今につながる大きなムーブメントが起こっていたのだが、宮脇先生は、そのころの空気を知る数少ない方である。

民芸と呼ばれる作品に影響は受けてきたが、つくりたい作品ではない。
しかし、柳宗悦と民芸運動というムーブメント、それによって復興した地場産業としてのやきものが、現代にしっかりと受け継がれている事実は、とても興味深い。


▽05.5.12
先日、大学の図書館に寄贈するために新書を持っていった。陶芸部の学生に見せたら、しばらく読んで「これってダレが買うの?」と真っ直ぐな目で言った。動揺しているのがばれないように取り繕うのがやっとだった。 子供っていうやつは素直で残酷だ。
たしかに、かなりニッチな本をつくったと思ってはいたが、あらためてそう言われると不安になる。出版社に通 い詰めたあの日々はどうなるんだ。

梅ヶ丘アートッセンターで企画していた展覧会がもうじき始まる。参加者のお陰でギリギリなんとかリーフレットも完成した。 後は出来るだけたくさんの来場者に来てもらうための広報活動をしなければならない。
今回は、出版社ねらいで、DMを送りまくる。

もう五月も半ばになろうとしている。個展までもうすぐである。やばいっすねかなり。

 
ひとりごと 05-6

▽05.6.24
なんとか個展の初日を迎えることができた。いつもぎりぎりになるのだが、今回も会場が近いのとギャラリーとのつきあいが長いのをいいことに、初日の朝搬入させてもらう。
この1ヶ月いろいろなことがあった。新しく展開しようと思っていた技法が焼成で全滅したときは魂が身体から抜けかけた。
後回しにしていた仕事がたまり仕方なくマックに向かったとき、4年ぶりに古いG4が止まった。個展の追い込みで忙しい中、ファイルとデータのバックアップとOSの再インストールをした。復旧に1日かかった。神様を恨んだ。

忙しくとも、毎週木曜日は陶芸教室の講師。金曜日は大学の講師をしなければならない。特に大学は、25人の生徒を3班に分けて違った内容を指導するため、
180分の授業が終わったときはしばらく呆然として、もぬ けの殻になる。

個展の搬入が終わると、たまりにたまった雑誌の取材が連日続いている。ついこの前まで全身陶芸家モードだったが、不思議と取材現場ではライターモードに切り替わる。
いろいろな業者の方たちと会って話す機会があるが、いつも感じることがある。
それは、まだまだこの業界が成熟していない、ということだ。
多様なユーザーの要望の把握、良い製品づくり、確かな技術、的確な販促、宣伝活動。
これらをバランスよく行えるメーカーやショップは多くない。
市場が小さいこともあるのだろうが、根強く残る古い体質が原因だと思う。

昔からの業者の多くが、専門的な陶芸市場には、大手と言えども簡単には参入できないと読んでいるようだが、プラスの「陶芸.com」、小糸工業の「窯わん」など
が、すでに業界の一角で確かな位 置を築いている。
現在は、マイクロ波にこだわっている松下電器だが、研究段階の副産物としてヒーター線の陶芸窯をつくってしまうかもしれない。容易いことだろう。

既存の業者はのんびりもしていられない。団塊の世代が大量退職する2007年以降の陶芸市場をねらって、一部上場の大手企業が参入する可能性も否定できないからだ。

古い体質について詳しく書くことは控えるが、一部の若い世代がこれを脱却するための努力を少しずつしているようだ。
これからの5年くらいに良い意味での大きな変化が起こるかもしれない。


 
ひとりごと 05-7

 
ひとりごと 05-8

▽05.8.17
この1ヶ月、戸塚、中野、河口湖、越谷などなど、取材であちこちに行った。 取材は、普段使わない気を使う。

まず、テーマにあった取材対象を捜す。知人に聞いて紹介してもらったり、ネットで調べる。
さんざん調べてこれぞという人に電話かメールでアポを取る。取材の趣旨や取材内容を説明して承諾を得る。
取材当日、ちょっとドキドキしながら、 現地に行って初対面をする。

大まかな取材内容と撮影項目を決めてから行くが、現場の状況で即興的に内容をつめる。お話を聞きながら、カメラマンに撮影を指示する。
短い取材でも、2〜3時間はかかってしまう。人にはそうは見えないようだが、この間は緊張しっぱなしである。

この緊張感と新しい出会いが好きらしい。 ネットなどでの印象と実際にお会いしての印象は、割とずれていないものだが、ギャップもまた面 白い。こういう仕事をしてないと味わえないことだろう。


▽05.8.6
今年は戦後60周年、テレビでも戦争関係の特番が多いようだ。広島に原爆が落とされた8月6日のこともあらためて検証している。
広島の小中学校では、多くの時間を「平和教育」に割いている。広島出身の私は、何人もの「語りべ」達から原爆投下当時の話を聞いた。その内容は、どれも衝撃的なもので、いまでもこの時期になると思い出す。

私の祖母も被爆者だった。爆心地から2キロ付近で被爆したが奇跡的に生きのび、82歳で亡くなった。
私の母は島根県に疎開していたため無事だった。

祖母には、足に大きな傷跡があったそうだが、私は見たことがないし、原爆の話を聞いたこともない。私の母も聞いたことがないという。
平和な時代に育った私が、祖母の気持ちなど想像できるわけもないが、祖母から話を聞いておくべきだったとも思う。

被爆者の遺族のひとりとして、伝えていく責任があるからだ。

 
ひとりごと 05-9

▽05.9.5
久しぶりに「登り窯」を焚いた。5つの教室の共同イベントとして、益子の窯をお借りしての窯焚きだった。
以前からお世話になっている主宰者は、登り窯焼成の経験が豊富なので、技術面 の心配はしていなかった。
それでも、チョとしたトラブルはあるもので、それも、また楽しかった。

「作品づくり」と 「窯焚き」は、脳の使っている部分が違うようだ。
悪い姿勢での窯詰めや薪割り、薪くめなどの重労働の印象が大きいので「体育会系」的な窯焚きに思われがちだが、窯の構造や木が燃えるための原理、空気(熱)の流れなどをよくよく考えなければならないので、完全に「理系」的な作業である。
そして「経験」も重要だ。

今回のようなイベントは、学校の授業や窯場の修行とは、根本的に目的が異なる。
今回の場所、システムでの登り窯イベントは、はじめてだったので、いろいろな課題も見えてきた。

約80名の作品が入り、窯詰め、焚きは、各教室のスタッフや生徒、飛び入り参加者など、のべ20名による共同作業だった。
作業の振り分けや効率化も大きなポイントになってくる。
作業の段取りや意味、目標となるスケジュールを理解してもらって、出来るだけ参加意識のレベルを上げなければならない。
臨機応変な、その場、その時の指示も重要だが、その意味や先の見えない作業は、疲労を増幅する。
交代でとる「食事」や「休憩」「就寝」も、重要な要素として考えなければならない。
必要以上に参加者を疲れさせることは、なるべく避けなければならい。
「主宰者」「各教室のスタッフ、講師」「作業を手伝ってくれる参加生徒」「通 常の参加生徒」。それぞれに立場が異なるため、簡単ではない。

「登り窯」は、間違いなく魅力的である。この魅力を、出来るだけ多くの方に知ってもらうための試行錯誤が、しばらく続きそうだ。

 
ひとりごと 05-10

▽05.10.23
「ひとりごと」を休んでいた間、いろいろなことがあった。

いつものごとく、季刊「陶工房」の連載記事のため、あちこち行って取材したり執筆した。

釉薬の単行本を一冊書いた。タイトルは「混ぜておぼえるはじめての釉薬づくり」。予定より1か月遅れてしまい、出版社に迷惑を掛けてしまった。
いつもギリギリだったが、遅れたことはなかったので、結構へこんだ。出版は、11月中旬予定。

祖師谷・成城のフリーペーパー「アメニティー通信」をつくった。これは、祖師谷陶房の宣伝媒体を兼ねたものだが、内容は本格的だ。
「広告を出したいタウン誌やフリーペーパーが地域にないからつくっちゃおう!」という、ありえない話が現実になり、取材、撮影、編集、デザイン、印刷手配に奔走した。15店の取材。伊豆の河津でのロケなどもあった。
祖師谷で、たまたま知り合った腕の良いライターさんの協力もあって、なかなかしっかりとした内容になったと思う。

テレビドラマの陶芸指導をした。声を掛けてくれたのは制作会社の方だったが、良く話を聞いてみたら、美術監督が大学時代の同級生だった。しかも同郷で、現在鎌倉在住。お互いの自宅は、歩いて10分くらいのとこにある。偶然ってこわい。
慣れない撮影現場に、良く知ってる人がいると、何となく安心する。
大御所の俳優さんが沢山出演しているドラマなので、とても「大人な感じの現場」で仕事がしやすかった。

他にもいろいろあったような気がするが、忘れてしまった。
そうそう、富本憲吉先生のお孫さん(と言っても60代)にハンコを作ってもらった。わたしも一応、富本先生の孫弟子なので、これも縁かな。

 
ひとりごと 05-11

▽05.11.30
あっという間の11月だった。
前半は、祖師谷陶房の生徒作品展の準備や会場当番。恒例のパーテイーなどで忙しく過ごす。
パーティーでは、生徒作品展の展示品から受賞作品を選んで授与するのだが、この選定作業が大変だ。講師達で相談しながら選ぶのに何時間もかかる。
そして、賞状や賞品、立て札などを制作する。

梅ヶ丘アートセンターで企画した展覧会や先輩の展覧会が続き、ギャラリートークにも参加した。
人が集まるところが得意ではないので、あまりそういうところには行かないのだが、行ってみると、意外な出会いもあったりして面 白かった。
今回も、陶芸のブログでよく拝見していた方達にお会いして、いろいろと楽しいお話ができた。
毎週日曜日は、楽焼きやぐい呑みをつくる特別講習会だった。
10人程度の小さな講習会なので全員に目が届く。丁度良い人数だ。それぞれに楽しんでいただけたと思う。

後半は、次号の「陶工房」の企画をねったり、取材の日程調整。数カ所、取材にも行った。
学生時代からお世話になっているある陶芸業者を訪ねた。体調を崩されていると聞いていた前社長に久しぶりにお会いできた。仕事を引退してから趣味で陶芸をはじめられたそうだ。お元気そうでうれしかった。

取材が早く終わった日の夕方、陶芸部に棚板の修理方法を教えるため女子大に行った。
7人の部員達と寒い部室で黙々と熔着した釉薬をタガネではつった。

今月は、DMも沢山つくったが、あまり急いでつくると良くないようだ、、、。反省。

明日はもう師走だ。ちょこっと関わっている「 正月のしつらえ」の撮影に立ち会う。他のカメラマンの撮影に立ち会うと、いろいろと勉強できる。
土曜日は、重要な面接もある。
そして、年末まで、雑誌の取材がつづく。

 
ひとりごと 05-12

▽05.12.30
今年もいろいろあった。
沢山の方にお世話になりながら、いろいろな仕事に挑戦できた。一人で出来ないことは多い。その度にまわりに感謝する。

当然、全てが上手くいくわけではない。失敗もたくさんした。つくづく近道が無いことを思い知る。
その度に「おごらず、なまけず、あきらめず 」 という先生の言葉が思い出される。

来年夏、はじめての場所で同級生と展覧会をする。
今の仕事をしっかりとしながら、また、新しいことにもチャレンジしたい。

本年は、大変お世話になりました。 来年もよろしくお願いします。